体 験 談
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       凄い!【失明の危機】から救われた!
 
  私は、父親の目について、天之宮の先生に大変お世話になりました。心より深く御礼申し上げます。それは、 昨年の秋の事でした。父が突然、目が見えなくなる病に侵されました。必死で、この病院がいいと聞いては、それが県外であれ、どこであれ、数々の病院を尋ね歩いたのです。しかし、行く先々の病院で言われる言葉は、原因が分らないと言われるだけで、良くなるという一言を聞く事はできませんでした。このままでは両目とも完全に失明してしまいます。そう分ってはいても、私にはどうしたって父の目を治す事など、とうてい不可能です。
 娘の私になにができるのか!?と苦しみました。崖っぷちに立たされた今をどう生きていけばいいのか??。 そうしてるうちに、だんだん父も生きている気がしないと、弱音を吐くようになり、暗く塞ぎこむ毎日を送るようになってしまいました。 家族も大変心配するのは当然ですが、『目が不自由』という事は、それにともない家族全員にかかる負担もかなりのものです。一番辛いのは、父なんです!何とかならないものだろうか・・このまま父は、残りの人生を、暗く閉ざされたまま過ごして行かなければならないのか?そう思うと悲しくてたまりませんでした。
 やがて、父の「目が見えない」という言葉を頻繁に耳にするたび、私の心はすごく痛みました。絶対見えるようにしてあげたい・・。 そんな時、ふとした事から天之宮の先生を知り、何とかこの現状から逃れたいと父の目についてのご相談を申し上げました。 先生は、父の目をお浄めして下さり、こうおっしゃいました。「目が治るまでは数ヶ月かかるかも知れません。お浄めをした塩を持って行き、これを毎日、庭にまきなさい」と話されました。
 それから、父は毎日、目が正常に見えるようになる事を祈りながら、それは一生懸命まいていました。私も早く目が良くなる様にと陰ながら祈っていました。  目が不自由とはいえ、幸い、お浄めのお蔭で、思っていた程生活に支障する事なく、それから、六〜七ヶ月経ちましたでしょうか・・ 今年の六月に急に父が、「目が見える、見える様になってきたぁ」と驚きの声をあげ喜んでいるのです。私も、家族もそれはもうびっくりです。私は心の中で、天之宮の先生におすがりして良かった!先生のお蔭だ!先生の力で見えるようになったんだ。そう叫んでいました。 とにかく、先生の力には驚いております。本当に感謝しております。有難う御座います。 これから先も、人生何が起こるかわかりません。私はいつも、先生を信じていきます。また、宜しくお願い致します。
               (宮城県 仮名 進藤洋子) 
         『肺炎』で入院していた孫が治ったよ〜!

 私の孫の件で、先生にお世話になった話をします。孫は、まだ生後二ヶ月というのに高熱を出し、病院へ行ってみたら『肺炎』と言われて、すぐ入院となってしまいました。大きな病院でしたので安心はしていたものの、とかく、検査ばか
りが多く、疲れからか、小さな身体はますます弱っていきました。
 点滴はしているものの、ミルクを飲ませても嘔吐する始末で、体重は減少する一方、加えて下痢も続いたせいもあり心配しました。とても可哀想で見ていられなかったです。かといって、私達にはどうすることもできません。私ども皆、疲労が溜まりました。なかなか回復に至らないのでだんだんと焦りを感じ、憤りでいっぱいでした。 
 そこで、一日でも早く退院させてやりたいという一心で天之宮の先生に連絡をして、お浄めをしてもらうことにしたのです。 入院していても下がらなかった孫の熱ですが、お浄めが終わった日から、下がり始めて、それからは、再び熱が出るということはありませんでした。下痢もピタっと止まりました。
 レントゲンで影が写っていた肺でしたが、その影さえも消えてしまい、目に見えて回復の兆しが見られました。 ぜいぜいは少ししているものの、ミルクも普通に飲めるようになり、検査をしても特別な異常がなかったので、病院から退院の許可が出たのです。
 天之宮の先生に連絡をとっていなかったら、おそらく、あの調子ですから退院までは遠かったに違いありません。 お蔭をもちまして、退院してからもすくすくと元気です。よく笑うので本当に可愛いです。ありがとうございます。先生には感謝の気持ちでいっぱいです。   
(^O^) m(_ _)m (^O^)
               (東京 仮名 和田雅代)